分流編
鎌田氏
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目次
起源
首藤資清の子通清が,源為義に仕えて,遠江国磐田郡鎌田御厨(静岡県磐田市鎌田)に居住したことを起源とする。
展開
上総国
- 源義朝の郎党の筆頭に鎌田正清[次郎,兵衛正家]。上総国に所領があった。
武蔵国
- 江戸幕臣の鎌田氏。山内経俊の子俊晴11世清俊が,足利義満の命で鎌田通清の所領を得て鎌田氏を称したといい,清俊6世正久は武田氏を経て徳川氏に仕え,以後幕臣として存続した〔「寛政譜」〕。
甲斐国
- 甲斐国巨摩郡鎌田(山梨県甲府市)は鎌田正清の領地と伝わる〔『甲斐国志』〕。
- 建暦3年(1213)に鎌田兵衛尉が和田合戦の恩賞として都留郡福地郷(山梨県大月市)地頭職を得た〔「吾妻鏡」〕。
備中国
- 備中国後月郡出部村の鎌田城(岡山県井原市上出部)は,建久年間(1190-1199)の鎌田正清の居城と伝える。
薩摩国・日向国
- 鎌田光政の子・政佐は,文治2年(1186)島津忠久に従って,薩摩に移住し,以後島津氏重臣として存続した。
- 文明17年(1485),鎌田氏が,日向国櫛間牟田迫での合戦の恩賞として伊作荘永谷名(鹿児島県日置市東市来町湯田永谷)を拝領した。
現代の分布
現代,宮崎県都城市および鹿児島県鹿児島市に多い鎌田氏はこの末流と思われる。
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