1. 佐藤氏の分流
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分流編

小野寺氏

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起源

首藤義通の子義寛が,下野国都賀郡小野寺保(栃木市岩舟町小野寺)に所領を得たことを起源とする。

展開

陸奥国

胆沢郡

戦国時代以降,小野寺氏の伝承がある。

  • 胆沢郡西根(胆沢郡金ヶ崎町)の金ヶ崎城は,葛西氏家臣の小野寺氏の居城という。
  • 胆沢郡瀬原(奥州市衣川瀬原)の小野寺氏は,葛西氏を経て伊達氏に仕えた。江戸時代は胃腸薬「金命丸」の製造・販売で成功した。「仁衛堂薬局」(岩手県奥州市前沢七日町)として現存する。

磐井郡

鎌倉時代から小野寺氏の所領があったという。

小野寺道綱[通綱/1154-1221]のとき,葛西氏に仕え,磐井郡一関城を与えられ,以後代々拠点としたと伝える。

南北朝時代,14世紀前半の葛西氏家臣に磐井郡釘子の小野寺道高,松川の小野寺重保の所見がある。また,建武1年(1334)に小野寺彦次郎入道道亭が中尊寺の修理の際に調査を行っているところ,道亭の本拠については栗原郡松倉と考えられる(栗原郡の項参照)。

戦国・安土桃山時代には,郡内各地に葛西氏家臣の小野寺氏の所見がある。

表1.戦国時代の磐井郡の小野寺氏領
所領領主
(西磐井郡)前堀村一関市中里天文12年(1543)小野寺清俊
天正1年(1573)小野寺前司[左馬之丞]
天正16年(1588)小野寺肥後
中里村元和1年(1615)小野寺惣九郎
狐禅寺村一関市狐禅寺天正7年(1579)小野寺新介
日形村一関市花泉町日形天正1年(1573)小野寺前司[左馬之丞]
中野村花泉?天正10年(1582)
富沢村一関市弥栄天正16年(1588)小野寺肥後
市野々村一関市萩荘天正10年(1582)小野寺前司[左馬之丞]
(東磐井郡)藤沢本郷一関市藤沢町藤沢天正2年(1574)小野寺通次[五郎左衛門]
保呂羽村保呂羽天正2年(1574)
黄海村黄海天正7年(1579)小野寺主計頭
砂子田村砂子田天正7年(1579)小野寺五郎左衛門
増沢村増沢元和1年(1615)小野寺惣九郎
薄衣村一関市川崎町薄衣天正16年(1588)小野寺三郎左衛門
寺沢村一関市千厩町磐清水天正2年(1574)小野寺四郎左衛門
奥玉村奥玉天正16年(1588)小野寺五郎左衛門

このうち,前堀村の小野寺清俊[左馬之丞,天正2年(1574)没]は,永正12年(1515)に長泉院を創建し,同寺に位牌・墓所が所在したという〔「安永風土記」〕。

このほか,上野原要害館(奥州市前沢)の小野寺氏は葛西氏没落後は仙台藩に大工として仕えたという。

栗原郡

奥州合戦(1189)の恩賞として小野寺清国が栗原郡松倉(栗原市栗駒松倉)とその周辺を拝領したと伝える。戦国時代の子孫は,小野寺道戒入道(後述)。

戦国時代に小野寺氏の居館が各所にあった。

  • 藤沢館(栗原市瀬峰町藤沢)は葛西氏家臣の小野寺氏の居館で,同氏が観昌寺を創建したと伝える。
  • 臥牛館(栗原市金成町沢辺)の城主に小野寺道行[肥前]。
  • 松倉城(栗原市栗駒松倉/笹ヶ森館,猪城とも)の城主に小野寺道戒[入道]。天正13年(1585),小野寺道戒入道のとき,伊達政宗に敗れて出羽国仙北郡(秋田県の南東部)に逃れたという。

なお,先述の建武1年(1334)の中尊寺の修理の際に調査にあたった「小野寺彦次郎入道道亭」について,松倉の北に接する沼倉の人物と思われる「沼倉少輔三次隆経」とともに調査を行っていることなどから,松倉の小野寺氏とも考えられる〔『角川姓氏』〕。

登米郡

登米郡寺池(登米市登米町寺池)の寺池城について,天文5年(1536)に葛西氏が寺池城に移るまでは,小野寺氏が6代にわたって城主であり,以後,一関城に移ったとの伝承がある。ただし,小野寺氏が拠ったのは,寺池城の南の保呂羽城であったとの説もある〔『登米町史』〕。

安達郡

陸奥国四本松(福島県二本松市)の石橋氏の家老に小野寺氏がいた。

  • 天正8年(1580),小野寺久光のとき,石橋氏が没落したため,以後佐竹氏に仕えた。

出羽国

  • 奥州合戦(1189)の恩賞として出羽国雄勝郡を拝領し,当初は庶流が現地で経営にあたった。
  • 南北朝時代ごろには,嫡流も鎌倉および下野国都賀郡小野寺を離れ,出羽国雄勝郡に移り,同郡稲庭を拠点とし,その後,川連と稲庭(雄勝郡稲川町)に分かれた。
  • 戦国時代に稲庭の小野寺家が大名化して稲庭から横手に居城を移した。しかし,関ヶ原の戦いで西軍に属して所領没収となり,江戸時代は津和野藩士として存続した。
  • 分流の大森氏は,小野寺景道[遠江守]の子・泰道[孫五郎]から始まるといい,平鹿郡大森村を拠点とした。ただし,系図により,大森氏の初代についてはかなり異同がある。

下野国

  • 文亀3年(1503),古河公方政氏の下知状に小野寺宮内左衛門尉。
  • 永禄三年(1560)寺岡村(足利市寺岡町)は佐野氏の被官小野寺景綱の支配で,景綱は永禄四年(1561)には大久保村(足利市大久保)を長尾氏より拝領。
  • 川崎村(足利市川崎町)の山伏貞瀧坊は小野寺氏の末流で,通氏5世の弘慶が明応2年(1493)に上洛して聖護院の弟子となり,貞瀧坊を称したことに始まるという〔『古河志』〕。通氏は小中新左衛門と称した。明応6年(1497)に熊野先達の小野寺不動坊。

阿波国

  • 正平7年2月,小野寺八郎が恩賞として阿波国朽田荘地頭職を得たが,7月までには失った〔「祖谷山喜多氏文書」〕。

その他

  • 江戸時代の藩士では,三春藩年寄,松江藩,赤穂藩に所見がある。
  • 江戸幕臣徒歩組に2家所見がある。いずれも出自は不詳である。

現代の分布

現代,一関市・気仙沼市を中心とする岩手県・宮城県に多いほか,庄内平野でも多い。

主な参考文献

  • 平凡社編『日本歴史地名大系』(平凡社,1979-2004)
  • 太田亮『姓氏家系大辞典』(姓氏家系大辞典刊行会,1934-1936)
  • 宮本洋一『日本姓氏語源辞典・人名力』(name-power.net
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