苗字と法令の近現代
目次
「苗字+実名」への統一
平安時代後期から江戸時代までの公家や武家の人名は,公的な「氏+姓+実名」と私的な「家号または名字+通称名,官職名」とが場合によって使い分けられ,しかも実名や通称については,元服や職業の変化などを機に,いつでも変えることができました。
同時期の庶民については,公的な文書・場面では使用を許されなかったものの,同族集団を表す名字(苗字)や屋号と名前を使用していました。
明治年間
明治政府は,主に戸籍の整備や徴兵制の確立のため,臣民の名前を「苗字+実名」のみに定め,その改称も特別な場合を除いて許しませんでした。また,平民の苗字は,当初の許可(1870)から義務(1875)へと変化しました。
こうして,(1)これまで複雑で流動的だった公家・武家の人名を単純化・固定化し,さらに(2)平民の苗字を義務化することによって,臣民の名前の形式が統一されました。
- 1870(明治3)
- 旧9月19日|太政官第608号布告〈平民苗字許可令〉
- 平民も苗字を使用してよい。
- 旧9月19日|太政官第608号布告〈平民苗字許可令〉
- 1871(明治4)
- 旧11月19日|太政官第845号布告
- 国名や官職名を通称名として使用してはならない。
- 旧4月4日|太政官第170号布告
- 戸籍法公布
- 旧8月28日|太政官第449号布告
- 穢多非人などの呼称を撤廃し,一般の戸籍に編入する。
- 旧10月12日|太政官第534号布告
- 公文書には,苗字と実名を使用しなくてはならず,氏(「姓」)と姓(「尸」)を使用してはならない。
- 旧11月19日|太政官第845号布告
- 1872(明治5)
- 旧5月7日|太政官第149号布告
- 従来の通称名を併称してはならない。
- 旧8月24日|太政官第236号布告
- 苗字と名前,屋号を改称してはならない。
- 旧9月14日|太政官第265号布告
- 僧侶も,苗字を使用しなければならない。
- 旧5月7日|太政官第149号布告
- 1873(明治6)
- 3月29日|太政官布告118号
- 歴代天皇の諡号や名前の字をそのまま使用してもよいが,熟字のまま使用してはならない。
- 3月29日|太政官布告118号
- 1874(明治7)
- 1月29日|太政官第5号指令
- 子や弟は,父や兄と異なる苗字を使用してはならない。
- 別家の際に,新たに苗字を設けてはならない。
- 1月29日|太政官第5号指令
- 1875(明治8)
- 2月13日|太政官第22号布告〈苗字必称義務令〉
- 平民も苗字を公称しなければならない。
- 先祖の苗字が不明である場合は,新設しなければならない。
- 平民も苗字を公称しなければならない。
- 2月13日|太政官第22号布告〈苗字必称義務令〉
- 1876(明治9)
- 1月27日|太政官第5号布告
- 苗字も実名も同一の場合は,実名のみ改称できる。
- 1月27日|太政官第5号布告
夫婦の苗字の統一
明治年間
1876(明治9)年以降,苗字をめぐる問題は家族間・夫婦間へと移っていきます。
これまでは,その家の苗字はひとつといいながら,慣習により,妻は実家の苗字を名乗り続けるというダブルスタンダードの状態でした。しかし,明治民法の制定(1898)により,同じ家の一員である以上は,同じ苗字を名乗ることを義務付けられました。ここから,現代まで続く〈夫婦同氏制〉が始まります。
- 1876(明治9)
- 3月17日|太政官第15号指令
- 女性は,結婚後も実家の苗字(「所生の氏」)を使用しなければならない。
- ただし,夫の家を相続した場合は,夫の家の苗字を使用しなければならない。
- 女性は,結婚後も実家の苗字(「所生の氏」)を使用しなければならない。
- 3月17日|太政官第15号指令
- 1877(明治10)
- 2月9日|内務省指令
- 戸主の苗字と家族の苗字とが異なるに至った場合,家族は戸主の苗字に改称しなければならない。
- 2月9日|内務省指令
- 1898(明治31)
- 6月21日|明治31年法律第9号〈家制度および夫婦同氏制の開始〉
- 戸主とその家族は,その家の苗字を使用しなければならない(民法746条)。
- 妻は,夫の家に所属しなければならない(民法788条)。
- 6月21日|明治31年法律第9号〈家制度および夫婦同氏制の開始〉
昭和年間
第二次世界大戦後に制定された昭和民法(1947)では,国民は(家に所属するのではなく)個人として独立に扱われるようになります。一方で,夫と妻の関係では,どちらか一方の苗字を名乗ることを義務付けられました。
- 1947(昭和22)
- 12月22日|昭和22年法律第222号〈家制度の廃止・夫婦同氏制の継続〉
- 夫婦は,夫または妻の苗字を使用しなければならない(民法750条)。
- 12月22日|昭和22年法律第222号〈家制度の廃止・夫婦同氏制の継続〉
- 1976(昭和51)
- 6月15日|昭和51年法律第66号〈婚氏続称制度の設置〉
- 離婚した夫婦は,婚姻前の苗字に戻るが,婚姻中の苗字を選択できる(民法767条)。
- 6月15日|昭和51年法律第66号〈婚氏続称制度の設置〉
「夫婦の苗字の統一」の撤回へ
特に1990年代前後以降,手続き上の煩雑さを回避する目的のほか,男女同権や“多様性”などの社会意識などを背景として,夫婦が別の苗字(夫婦とも実家の苗字)をそれぞれ名乗る権利を主張する動きが活発になってきました。しかし,こうした動きに対しても,最高裁判所や国会は慎重な姿勢を見せています。
参考文献
- 国立国会図書館『日本法令索引〔明治前期編〕』(dajokan.ndl.go.jp)
- 「姓氏概説」『角川日本姓氏歴史人物大辞典』(竹内理三[ほか]編,角川書店,1989-1998)
- 『法令全書』(内閣官報局,1887-1912)