このサイト(「佐藤氏の研究」)は,日本最大の名字族・佐藤氏について,様々な角度から探求するサイトです。主に日本全国の佐藤氏の歴史上の繋がりを明らかにすることを目的としていますが,これとあまり関係のない記事もあります。
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佐藤氏が最も多い理由は分かりません。
なお,一般には,人口の多い名字はⓐ普遍的な地名に由来する名字か,ⓑ平安時代末期ごろの武家の名字です。そして,ⓐは,ⓑにもあたることが普通です。
ⓐの例は,田中氏や高橋氏,山本氏,中村氏,小林氏,吉田氏,山田氏などで,ⓑの例は,佐藤氏のほか,鈴木氏,伊藤氏,渡辺氏,加藤氏,佐々木氏などです。
これらの名字が多い理由は,名字の起源が平安時代末期の武家(ⓑ)の慣習であって,彼らが自らの居住地や領地の地名(ⓐ)などを一族の称としたからです。つまり,よくある地名であったり,最も古い時期に使われはじめたために,現代に至って結果的に多い名字となったものと考えられます。
ただし,ⓐ・ⓑにあたるにもかかわらず人口の少ない名字もたくさんあるので,偶然の影響も無視できません。
全国の佐藤氏の86%(188万人中162万人)が東日本に住んでいます。
佐藤氏が最も多い都道府県は,東京都(約23万人)です。また,割合で見ると,秋田県,山形県,宮城県の3県で特に多く,全人口の7%超が佐藤氏です(全国平均約1.5%)。
参照 「佐藤氏の人口・分布」/「佐藤氏が多い都道府県ランキング」/「佐藤氏が多い市町村TOP100」通説では,平安時代後期に「佐渡守」という役職(佐渡国の行政の長)に就いていた「藤原公行」(1033年没)という人物の子孫を指した呼称と考えられています。
同じく,「伊藤」,「加藤」,「斎藤」なども先祖の職業の1字と藤原氏の「藤」を併せたものです。
なお,藤原公行が佐渡国にいたのは任期中(約4年間)だけであり,佐藤氏は佐渡国出身の一族というわけではありません。実際,公行らの子孫の本拠地は,京都(京都府京都市)や紀伊国那賀郡(和歌山県紀の川市)です。その後,東北地方を中心に全国へと広まりました。
参照 「佐藤氏の起源」/「佐藤氏の歴史(全国編)」/「藤で終わる名字の起源と特徴」いいえ,かなり怪しい説です。
2020年から栃木県佐野市が地域振興のためにこの説を利用していますが,確かな証拠による裏付けはありません。
Q3で回答したとおり,佐藤氏は「佐渡守」であった藤原公行に始まる家系です。たしかに,この藤原公行は下野国(栃木県)の豪族・藤原秀郷の子孫ですが,公行の一族は京都や紀伊国(和歌山県)を活動の拠点としており,佐野を拠点としたという記録はありません。
そもそも,藤原秀郷が佐野を拠点とした証拠すらなく,秀郷の子孫のうち佐野に定着した系統は佐野氏を名乗っていますから,近畿地方で活動する藤原公行の一族が,あえて佐野の地名をとって佐藤氏を名乗ったとは考えにくいのです。
この説を前提とした佐野市の各種取り組みは,全国の佐藤氏をかえって混乱させるものであって,当サイトとしては大変残念に思っています。
参照 「佐藤氏の起源」/「佐藤氏の歴史(全国編)」/「藤で終わる名字の起源と特徴」