藤で終わる名字(概説)
目次
藤で終わる名字とは,名字のうち,末尾に「藤」がつく名字のことをいう。人口の多い順に,佐藤氏,伊藤氏,加藤氏,斎藤(斉藤)氏,後藤氏などがある。
日本全国の名字ランキング上位100種のうち10種(10%)が藤で終わる名字であり,これを合計すると594.7万人(日本人の20人に1人程度)となる1。
前提(名字とは何か)
そもそも,名字とは,家系を表す称のうち,氏(藤原氏,源氏,平氏など)をさらに細かく分類したものである。中世の武家の慣習であり,下記の通り,通常は領地の地名を名乗った。
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├── 藤原氏/
│ ├── 伊達氏:陸奥国伊達郡
│ ├── 上杉氏:丹波国何鹿郡上杉荘
│ └── 井伊氏:遠江国引佐郡渭伊郷
├── 源氏/
│ ├── 足利氏:下野国足利郡
│ ├── 武田氏:常陸国那珂郡武田郷
│ ├── 明智氏:美濃国可児郡明智荘
│ └── 徳川氏:上野国新田郡得川郷
├── 平氏/
│ ├── 北条氏:伊豆国田方郡北条
│ └── 織田氏:越前国丹生郡織田荘
└── 大江氏/
└── 毛利氏:相模国愛甲郡毛利荘
著名な武家の「名字」を「氏」ごとに分類した図。「名字」は「氏」の下位区分である。
意味
藤で終わる名字(佐藤氏,伊藤氏,加藤氏,斎藤氏など)は,上記の伊達氏や上杉氏などと同様に,藤原氏をさらに細かく分類したものである。
一方,他の多くの名字と異なるのは,地名ではなく,通常,氏祖の官職名の1字と氏族名の1字(「藤」)で構成されることである。現代でも人口が多いために見慣れてしまっているが,成り立ちとしては特殊である。また,他の氏(源氏,平氏など)では見られない2。
氏祖
その名字を称した一族のうち,系図上最初の人物を「氏祖」とする。
藤で終わる名字の氏祖は,基本的に,平安時代後期ごろ(11世紀前後)の官人である。特に,軍事・警察を専門とした家系(武官,軍事貴族)が多い。
表1.藤で終わる名字の氏祖一覧(現人口1万人以上)
No. | 名字 | 現人口 | 氏祖 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
名前 | 官職 | 位階 | 存命期間 | |||
1 | 佐藤 | 189.2万 | 藤原公行 | 佐渡守 | 正六位上 | 11世紀 前 |
2 | 伊藤 | 105.8万 | ⓐ 藤原維職 | 伊豆押領使 | ? | 11世紀 中 |
ⓑ 藤原基景 | 伊勢守 | 従五位上 | 12世紀 前 | |||
ⓒ ? | 伊勢掾? | 正七位下? | 11世紀 前 | |||
3 | 加藤 | 84.1万 | 藤原景道 | 加賀介 | 正六位上 | 11世紀 中 |
4 | 斎藤 | 55.5万 | 藤原叙用 | 斎宮頭 | 従五位上 | 10世紀 中 |
5 | 後藤 | 37.2万 | 藤原公則 |
備後守 肥後守 |
従五位下 従五位上 |
11世紀 前 |
6 | 近藤 | 36.0万 | 藤原脩行 | 近江掾 | 正七位下〜 | 11世紀 前 |
7 | 遠藤 | 32.3万 | 不詳 | 遠江守など? | 従五位下~ | 11世紀? |
8 | 斉藤 | 31.1万 | (「斎藤」の異表記) | |||
9 | 工藤 | 23.5万 | 藤原為憲 | 木工助 | 正六位下 | 10世紀 前 |
10 | 安藤 | 22.1万 | 不詳 | ? | ? | ? |
11 | 内藤 | 12.4万 | 藤原行俊 | 内舎人 | (なし) | 11世紀 後? |
12 | 須藤 | 10.9万 | 不詳 | ? | ? | ? |
13 | 武藤 | 8.7万 | ⓐ 藤原頼平 | 武者所 | ? | 12世紀 後 |
ⓑ 藤原維雄 | 武蔵守など? | 従五位上~ | 11世紀? | |||
14 | 進藤 | 3.4万 | 藤原為輔 | 修理少進 | 従六位下 | 11世紀 中 |
15 | 江藤 | 3.3万 | (「衛藤」の異表記?) | |||
16 | 首藤 | 2.3万 | 藤原助清 | 主馬首 | 従六位下 | 11世紀 後 |
17 | 衛藤 | 1.5万 | 不詳 | ? | ? | ? |
18 | 新藤 | 1.2万 | 不詳 | ? | ? | ? |
由来による分類
藤で終わる名字の1字目は,基本的に官職名を由来(語源)とする。例外は,伊藤氏の一部系統や須藤氏,新藤氏である。
表2.藤で終わる名字の由来別分類
分類 | 由来 | 系統 | 系統数 | ||
---|---|---|---|---|---|
A | 官職 | 国司 | 佐藤,伊藤(ⓑ,ⓒ),加藤,後藤,近藤,遠藤,安藤,武藤(ⓑ) | 16 | 9 |
国司以外 | 斎藤(斉藤),工藤,内藤,武藤(ⓐ),進藤,首藤,衛藤(江藤) | 7 | |||
B | 地名 | 伊藤(ⓐ,伊豆国伊東荘),須藤(下野国那須郡) | 2 | ||
C | その他 | 新藤(「新しい」の意?) | 1 |
よくある誤解(任地と本拠地の関係)
表2のうち,国司の官職名由来のものについて,「○藤氏は○○国の藤原氏」などと,まるでその国出身の一族かのような説明がなされることがあるが,少なくとも佐藤氏と加藤氏,後藤氏の説明としては間違っている。
確かに,伊藤氏(ⓑ・ⓒ,伊勢国)と近藤氏(近江国)は,それぞれの国に本拠があり,そのことによって国司の官職を得たものと考えられる。一方,佐藤氏(佐渡国)と加藤氏(加賀国),後藤氏(備後国・肥後国)については,それぞれの国に本拠を置いておらず,彼らは任期期間中(通常4年間)に現地に派遣されていたに過ぎない3。
表3.氏祖の任地と本拠地の関係
名字 | 由来となった官職名 | 氏祖一族の当時の本拠地 | 一致 |
---|---|---|---|
伊藤氏(ⓑ,ⓒ) | 伊勢守,伊勢掾 | 伊勢国員弁郡・度会郡? | ○ |
近藤氏 | 近江掾 | 近江国栗太郡・甲賀郡? | ○ |
佐藤氏 | 佐渡守 | 山城国,紀伊国那賀郡? | × |
加藤氏 | 加賀介 | 美濃国,相模国 | × |
後藤氏 | 備後守・肥後守 | 河内国古市郡 | × |
京都や紀伊国が本拠の佐藤氏を「佐渡国の藤原氏」,美濃国が本拠の加藤氏を「加賀国の藤原氏」,河内国が本拠の後藤氏を「備後国・肥後国の藤原氏」などと説明するのは語弊がある。これらの名字は,あくまで氏祖の官職名に由来するものとして捉え,一族の出身地(当時の本拠地)とは分けて考えるべきである。
参考文献
- 太田亮『姓氏家系大辞典』(姓氏家系大辞典刊行会,1934-1936)
- 国文学研究資料館『古典選集本文データベース』(base1.nijl.ac.jp/infolib/meta_pub/G0001501TEXT)
- 東京大学史料編纂所『史料編纂所データベース』(wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships)
- 野口実『伝説の将軍:藤原秀郷』(吉川弘文館,2019)124頁.